コラム

Homeコラム > アベノ・天王寺とわたし vol.1 森田 俊朗

vol.1 森田 俊朗

聖徳太子ゆかりの寺で伝統の舞をご覧ください

天王寺の地名の由来は、四天王寺と言われていますね。昔、四天王寺が「てんのじさん」と呼ばれていたことから「天王寺」という地名になったようです。

四天王寺は、1400年以上も前の推古天皇元年(593年)に建立されました。物部守屋と蘇我馬子の合戦の折に、蘇我氏と親戚筋の聖徳太子が、自ら四天王像を彫り、合戦に勝ち世の中が平定されたら、四天王をお祀りするお寺を建てると祈願されたそうです。勝利の後、その誓いを果たすために建てたと伝えられています。

実は蘇我氏に敗れた物部守屋を祀ったお社が四天王寺にはあります。物部守屋の子孫の方が、今もこの界隈に住んでおられ、聖徳太子の命日(4月22日[本来は旧暦2月22日])に開かれる「聖霊会 (しょうりょうえ)」のときには、主催者側として参列されています。これは仏教の精神と、極めて日本的な後の武士道に通じるものがあると思います。つまり戦いが終われば敵も味方もないということです。石舞台で行われるこの「聖霊会」の「舞楽大法要」は四天王寺で最も重要な法要の一つであり、国の重要無形文化財にも指定されていますので、機会があればぜひご覧いただきたいと思います。

天王寺区はお寺の密集度は日本一です。文化を求めてアベノ・天王寺を訪れる方には、お寺まわりをおすすめします。下寺町、生玉寺町や天王寺七坂などがあり、深い歴史の流れを、外を歩くだけで感じていただけることでしょう。

人が立ち止まりたくなる街になってほしい

アベノ・天王寺は、庶民派の期待にも応えられるおもてなしのできる街です。大阪らしい雰囲気を味わいたいのなら、動物園周辺の散策がおすすめです。大阪ならではの庶民的な風情がたっぷり楽しめるはずです。

東京の街には、渋谷は若者の街、東京駅周辺はオフィス街など、ターミナルごとに決まった性格がありますが、この街にはそれがない。新しいものと、古いもの、そして、文化的なものと、庶民的なものが同居し、それがこの街の大きな魅力になっています。東京に例えるなら、新宿と浅草が一緒になったような街です。

これから再開発によってアベノ・天王寺は新しく生まれ変わると聞いています。私の願いは人の足を止めるなにかがある街になってほしいこと。一つの目的地に向かって人が足早に通り過ぎていくのは、それは街ではなく、ただの通路です。ふと立ち止まってみたくなる、人間味のある街が生まれることを願っています。

【プロフィール】
1942年鳥取県生まれ 和歌山大学卒業後、16年間の会社勤務の後1981年に出家得度し、同年四天王寺に入り、四天王寺福祉事業団で主に障害者福祉に従事。現在学校法人四天王寺学園理事長、社会福祉法人四天王寺福祉事業団理事長を兼務

PageTop