街のあちらこちらにドラマがあります
アベノ・天王寺のある上町台地は景観の良いところで、古くからの歴史がたくさん残っています。その一つひとつのルートをたどっていくと秘められたドラマがあるのがとても魅力です。もともと歴史には特に興味があった方ではなかったのですが、アベノのタウン誌の編集に携わることになり、歴史や史跡に興味を持つようになりました。
直接のきっかけは、縄文時代にクジラが梅田・難波辺りを泳いでいた事実を知ったこと。上町台地は、大阪市の中央部から南の方に細く伸びている標高 15~20mの台地ですが、6000年ぐらい前は、南北に伸びた半島でした。それまでの氷河時代から、気温が暖かくなったことで、生駒山のふもとまで海がありました。大阪ではビルや地下鉄の工事の時に、海の生物の化石がでてきますが、クジラの骨もこの時代の海に住んでいたものです。縄文時代に上町台地に住んでいた人がどのような思いで大きなクジラを見ていたのか。歴史は想像力をかきたててくれますし、いろんな人の思いを伝えてくれます。
お祭りや楽しいイベント、天王寺蕪が皆さんをお出迎えしてくれます
アベノ・天王寺には確かな歴史とともに、伝統を伝えるお祭りや楽しいイベントが数え切れないほどたくさんあります。私がご案内するとしたら、その時期にしか楽しめない伝統行事。四天王寺の「聖霊会」や「どやどや」、愛染堂の「愛染まつり」もおもしろいですね。そしてお食事には「なにわ伝統野菜」はいかがでしょうか。特に冬なら野沢菜のルーツでもある「天王寺蕪」がおすすめ。これは1615年の大阪夏の陣のとき、野菜の種が入った大切な種蔵を守り続けた人が、そのご褒美に四天王寺の近くに土地を与えられ、蕪の種をまいて、育てたのがその起源とされています。当初は四天王寺の僧侶の食料に充てていましたが、やがて全国にそのおいしさが知れわたっていきました。しかし明治後期からの天王寺の都市化によりついに姿を消してしまいました。それから約100年経ちましたが「天王寺蕪」を一度よみがえらせたいと願う人たちが集まって「天王寺蕪の会」をつくり、復活に成功したのです。
人の輪が広がる街に
アベノ・天王寺はこれからも温かくて、楽しいもてなしのできる街、訪れる人に感動や喜びをもたらす街であってほしいですね。人の輪が広がることで地域の活性化につながればと期待しています。住みたい街、働きたい街、訪れたい街となるよう、人が主役の街づくりに期待します。
【プロフィール】
1955年、大阪市生まれ。神戸女学院大学文学部英文学科卒業。タウン紙『おかあさんチョット…』阿倍野区版編集長を担当したのを機に、阿倍野区の沿革や埋もれた史跡を発掘して地域情報紙などに発表。1995年大阪の伝統野菜である天王寺蕪が野沢菜の先祖であることを発表。著書に『もうちょっと知っとく? 私たちの阿倍野』(新風書房)、『あべの昔話 鬼はどこへ消えた?!』(新風書房)、共著に『ごめんやす「おおさか弁」』(リバティ書房)、『大阪力事典』(創元社)など。
